肺炎、そして死

物騒なタイトルですが、まだ生きてます(苦笑)
73歳の義父が、肺炎で亡くなりました。
義父は私と同様、自己免疫疾患だったので、なんだか思うところがあります。


義父は11月に肺炎となり入院し、おそらく20~30年、自己免疫疾患を患いながら、タバコやお酒はやめていなかったせいか、医師から

「今度、危険になっても、蘇生措置はしない。肺がもたないので。」

と言われていたそうですが、幸い退院し、お正月に私が会った時は、いつも通り元気そうに見えました。


1年半前に脳梗塞になり、左半身麻痺、脳も少しボケのようになった義母と、料理が出来ない義父のために、夫は定期的に実家に通ってます。
1月下旬の日曜、義父がまた風邪を引いて辛そうだったものの、救急車も拒むので、翌月曜には病院へ行くよう言って帰ったところ、朝には冷たくなっていたと義母から連絡が来たそうです。


◇◇◇◇◇◇◇◇


義父の病気が自己免疫疾患だと知ったのは、1年半前に義母が脳梗塞で倒れて入院し、ケアマネジャー資格のある看護師さんと、今後のことを相談する家族会議の席でした。

「自分は●●です。難病です。」と言う義父。
●●はアルファベットの略語のようで、聞き取れませんでした。
以前から腸が悪いと聞いていたので、UC=潰瘍性大腸炎かなぁと思っていました。
夫や家族も、義父の病気のことは詳しく知らないようでした。


義父は昔のお父さんの宿命のような、あまり家族と仲が良かったとは思えない様子でしたが、いざ亡くなってしまうと、夫は「前夜に会っているのに…病院へ連れて行けばよかった。」と後悔し、
義妹は「いつも頻繁に実家に行っていたのに、ちょっとした行き違いがあって2週間も行っていなかった間に…。」と後悔してました。

どんなに最善を尽くしても、後悔が残るのは私も母を見送った時に経験しているので、ただただ話を聞くくらいしか出来ないのですが、義父が亡くなって数日後、ふと、義父が寝ていた部屋に暖房がなかったのでは?ということに気づきました。

同じく自己免疫疾患の私も、風邪などをひくと悪化しやすく肺炎になったりするので気を付けるように、と言われており、風邪をひいて地元の病院へ行くと、順番を優先してすぐに診察してもらえてました。
義父の住環境について、少なくとも11月に肺炎で入院した後に、なんで気を配ってあげられなかったんだろう、と、それまで他人事のようだった私も、さすがに後悔しました。


しかし、後悔先に立たず、です。
残された義母は左半身麻痺で障碍者認定も受けてます。
義母の意向で、いままでの家でひとり暮らしを始めます。

ヘルパーさんが毎日来てくれますが45分だけですし、脳も少し後遺症でボケのようになっているので、心配は尽きませんが、最期まで義母の面倒を見て、命をすり減らしたのかもしれない義父のためにも、残された人達で義母のフォローをして行こうと思っています。
私は料理が苦手でいままでも全く手伝えていなかったので、いまは亡くなった義父の書類手続きなどをしています。


母をC型肝炎で亡くし、自己免疫疾患の義父を亡くし、自分の最期についてイメージが明確に浮かんでしまい、なんだか考えさせられる日々です。
実は12月初めから会社の都合で仕事を辞め、年末年始、ノンビリ過ごしすぎていたせいか、最近の義父の手続きの外出でとても疲れます。
ステロイド無しのせいでないといいのですが。
次の外来受診には、良い結果が出ていますように!





【この時の薬】(1月12日から)
(朝)
ウルソデオキシコール酸錠100mg(ウルソ100mgのジェネリック)2錠
(昼)
ウルソデオキシコール酸錠100mg(ウルソ100mgのジェネリック)2錠
(夜)
ウルソデオキシコール酸錠100mg(ウルソ100mgのジェネリック)2錠

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